ボランティア

2012年5月11日 (金)

2回目のボランティア。今度は宮城県。2

2回目のボランティア。今度は宮城県。1からの続きです。

Cimg1765 さて、ハーバーについて今日の練習についての朝のミーティング風景です。

さすがに日本のトップセーラーがズラッと並んでいるので、高校生、大学生達は真剣に聞き入っていました。

それから彼らは海上練習にCimg1773遠くの方にヨットが見えています。

そして我々は2班に分かれて炊出し準備です。

小浜のヨットハーバーは高校生達の為に。

もう1班の僕たちは七ヶ浜町の吉田浜、こっちは大学生達です。

歩いての移動、約20分。さっきの大学生達は走って5分も掛かっていませんでしたが、さすがにおじさんは遅い!

海沿いを歩いたのですが、津波の被害を目の当たりにしました。

Cimg1874上の写真、車庫なのですがこの上の家は取り壊されていました。この2台の車も津波の時にこの駐車場に入ったまま被災したのでしょうか?ナンバーを取り外されていました。

Cimg1794_2 東北大学ヨット部のが合宿所のお風呂です。艇庫共々建物はもうありませんでした。

ここでヨット部の女子マネージャーと一緒に豚汁作成開始。

火力がそれほど強くなく、豚汁の作成にとても苦労しましたが、学生達が陸に上がって解Cimg1805_2 装を終える頃にはなんとかぎりぎり間に合いました。

さすが大学生!凄い食欲。何杯もお代わりをしてくれたので大量に作成した豚汁は全て皆のおなかの中に消えました。

Cimg1866 ちなみに彼らの練習に使用しているヨットは震災後、各水域から寄付で集まったものです。

左の写真のヨットには葉山港と湘南港(江の島)のバースを示すシールが貼ってあります。

この船の持ち主の方、しっかり使ってくれてますよ〜。

そうそう、ここで仕入れた話なのですが、学生の使っていたゴムボートのレスキュー艇が津波の後、民家の庭に流されているのを見つけ、学生が回収に行ったそうです。

怒られるかな?と不安な気持ちで行ったのですが、帰って来たらニコニコ。

どうしたのか聞いてみると、このボートが漂流していた時に同じく流されていたおばあちゃんがこのボートに乗って助かったとの事。

しかもここからが凄い。そのボートが更に流されてたどり着いたのがその民家なのですが、その民家がなんとそのおばあちゃんの家だったそうです。

本当の話です。そんな事ってあるんですね。happy01

Cimg1813 午後の練習開始です。

漁港のスロープからの出艇ですが、防波堤のコンクリートが崩れた為この日の引いた潮の状態では艇が1杯通るスペースしか無く学生達は出艇に凄く苦労していました。

午後の練習後にはお汁粉を振る舞う予定だったのですが、時間があったのでハーバの方が近くに観光に連れて行ってくれました。

ほとんどが津波の被害の確認ということでしたが、、、

Cimg1847 多門山展望公園からの写真です。

松島の絶景です。

本当に景観の良い所ですね。

そこから右に目を向けると、、さすがに松島のそばにあるという事で賛否両論ある様ですCimg1851_2 が、、

仙台火力発電所です。この火力発電所も福島原発と同じように津波被害を受けたそうですが、放射能漏れも無く(当然じゃい!)今は元気に稼働、近所にも人が震災前と同じように住んでいます。

これが原発だったら松島、立ち入り禁止だったね。

ちなみに火力発電所の左側にメガソーラーが見えます。時間があったら見学に行きたかったです。

東北電力のHPで見ましたら出力は2000kW、着工平成23年2月。完成平成24年の5月と書いてありましたから、僕が行った時はまだ稼働していなかったのかもしれません。

火力発電所のむこうの海上で高校生、大学生が練習中です。こんな所(松島の目の前)で練習出来たら最高だと思います。

ただこの時期まだ水温が低く、ウエットスーツを来ていないで落水すると大変だそうです。

という事で戻ってお汁粉作り。今回のあんこはあの老舗、虎屋さんの黒川社長が無償で提供してくれた最高級の物です。ちなみに入れるお餅も提供してくれました。

これもまた大評判、最後に残ったお汁粉(餅無し)を頂いたのですが絶品でした。

黒川社長、ごちそうさまでした。

Cimg1893 ←小浜のハーバーの近くです。

震災で被害を受けた船達です。今回の津波で学生のディンギーヨットの他、多くのセーリングクルーザー、モータークルーザーが被害を受けました。

まだまだ小浜のハーバーには修理中のヨットがありました。

早く復活し、餅さんのミスティックXの様に海に帰って来て欲しいです。

東北のセーラーの復活を祈って宮城県小浜を後にしました。

今後も応援をしていこうと思っています。

以上、2回目のボランティアの報告でした。

最後迄お付き合いくださってありがとうございました。

 

 

2012年5月 9日 (水)

2回目のボランティア。今度は宮城県。1

昨年5月中旬に宮古のヨットハーバーにがれきの撤去の作業に行きました。

今回も日本セーリング連盟から連絡があり4月の初旬、宮城県のヨットのメッカ、松島の近くの七ヶ浜と言う所に行ってきました。

松島が近いので本当に奇麗な所でした。

今回は宮城県の高校生、大学生にオリンピック選手を含む日本のトップセーラーがセーリングテクニックを指導するというボランティアでした。

と言う事で一応トップセーラーの端くれの僕もコーチしてきました。

う、そ、で〜〜〜す。coldsweats01 ただのデブで〜〜〜す。

僕はただのヨット好きの親父なもので、トップセーラーがコーチしている間に少年少女の為に炊き出しを作る役目で行きました。

冗談はさておき、本題の報告に入ります。

Cimg1754 土曜日の3時に待ち合わせで車で行くと言う事だったのですが、僕は浅草橋で別件の打ち合わせがあったので、その時間に間に合わなく新幹線で宮城入り、合流しました。

浅草橋の打合せのあった所からスカイツリーがはっきり見えました。やっぱり高いっす。

19時頃塩竈に到着。塩竈のホテルに泊まりました。

僕は仕事でも震災後仙台に何度か来ていまして、塩竈も2回目でした。

塩竈も震災の時には津波で、被害を受けていました。

僕たちが泊まったホテルグランドパレス塩竈も1回部分は津波で被害を受けたそうです。

本塩釜の駅のそばは大体2mくらい津波の被害を受けており、地盤沈下もしいまだに大潮の時とかは水が上がる様です。

4 今回のプロジェクトの内容です。

我々炊出し班は日曜日だけのお手伝いでしたが、コーチ陣は金曜日から3日間のコーチングでした。

トップセーラーは遠くは九州の唐津から少年少女に渡すヨットをトレーラーで引っぱり、本人自らが車を運転して来てくれました。

本当に頭が下がります。

さて、日曜日の朝8時半にホテルを出発。

Cimg1841 色々な所に瓦礫の山がありました。

瓦礫受け入れの問題は各地で色々論議されていますが、僕はゴミ焼却場のそばに住んでいる訳ではないので賛否は言いませんが、早く瓦礫の山の対応を行政はして欲しいですね。

約20分くらい車で走って小浜のヨットハーバーに到着しました。

ハーバーの周りは以前は家がいっぱいあったのでしょうがほとんど家がなく基礎が残されている状況でした。

Cimg1784 ←こんな状況です。

僕はてっきり津波で家を持って行かれたのかと思いましたが、小浜のヨットハーバーの写真を見たら、津波後は家は残っていたのでその後に取り壊した様でした。

sun

Photo_2 津波後の写真がこれです。

ちなみにこの写真の真ん中に写っている船、名前はミスティックX。

この後修理を行い、現在は油壷にあってテレビでも紹介された様です。

オーナーの餅さんとも前日食事を一緒にして、色々なお話を聞きました。

上の写真では後ろには家が結構見えていますが、僕が行った時にはこの写真で写っている家で残っていたのは2軒だけでした。

Cimg1780 そのうちの1軒にこんな看板がかかっていました。

『まけたらあかん ともに やるしかない!』東北なのに関西弁。

でも負けないで、立て直して行って欲しいです。

と、また長くなりつつありますので、ここから先は『2回目のボランティア。今度は宮城県。2』にしたいと思います。

2011年11月11日 (金)

人生初めての経験、ボランティア 5

人生初めての経験、ボランティア fourの続きです

最後なので長めです。

今日の作業はハーバーにある高校ヨット部艇庫と部室(ミーティングルーム)のがれきの撤去と清掃です。

我々が作業をしている前の海では

Ca3e0265海上保安庁の方達でしょうか、ヘリコプターとレスキューボートによる捜索が続いていました。

その横での作業なのですが、本当に高校生達がよく働くんです。

Ca3e0264 そして彼ら、彼女達とても明るいんです。

つい後ろ姿の写真を撮ってしましたが、この背中を見ているとこの子達がこの2ヶ月にどんな事を経験して、どんな事を考えていたのか、、、

そんな事を考えていたとき、一人の女の子が携帯を2階から1階に落としてしまいました。

nori「お〜い。携帯落としたよ〜。」

女子高生「え!こないだ津波で携帯流されて新しくしたばっかりなのに!壊れてないかな?」

そうこの子もあの日、大津波のそばにいたんです。

いろんな事を考えると、自然と涙が出て来ちゃうんです。年をとるとどうも涙もろくなっちゃって駄目ですね。

何度も泣いてしまいました。

ただ幸いなのはゴーグルとマスクをしているので、涙ぐんでいるのが分からない事でした。

Img704_2 朝日新聞に掲載された、あの日、ここで何が起こったのかの記事です。

このハーバーでもそうでしたし、宮城の閖上のヨットハーバーの大学ヨット部員も海上練習には出ていましたが、全員助かる事が出来ました(自分が知っている限りですが)

是非、海を恐れる事無くヨットというスポーツを愛し、続けていって欲しいものです。

ハーバーマスターの方が2つの旗を持っていました。

国際信号旗です。

最近コクリコ坂の映画でUの旗とWの旗で『安全な航海を祈る』ってヤツです

ヨットレースでは色々な国際信号旗を使用しますが、あの津波の後ハーバーマスターが見つけたのは

の旗でした

の旗はヨットレースでは延期を意味します。

の旗は数字旗で3です

二つ合わせると意味は『レースは3(分後、時間後、日後、年後)に延期された』となります

高校生達のヨットレースは中止されたのではなく、ただ延期されただけです。

ガンバレ高校生ヨットマン!

当日は新橋に電車の動いている時間迄に帰らなくてはならない為、昼過ぎには出発の時間になりました。

我々が車に乗り込むと高校生達が突然並び出しました。

なんかミーティングでも行うのかな?なんて思っていたら、僕たちの車が前を通過した時に

「ありがとうございましたっ!!。」

の大きな挨拶と礼!感動!また目頭がうるうる、、weep

22時ころ新橋の駅に到着。僕の初めてのボランティアは終わりました。

今回突然頼まれたボランティア、何の使命感も無く参加しました。

でも、色々な出会いがありました。感動がありました。

テレビでボランティアに行った人の話を聞きました。

「被災者に力を貰った。」皆さんおっしゃってました。

僕は、何言っているのかな?そんな訳無いじゃん!という冷めた目で見てました。

でも行って思ったのはその通りの事、「被災地の高校生達に励まされました。力を貰いました。」本当です。

あの子達があんなに頑張っているのに、僕、何してるんだろう??

今後も彼ら、彼女達の為に出来る事はあまり無いかもしれないけど、少しでもやって行ければと考えてます。

いろいろと長くなりました。

最終回までたどり着くのに時間がかかりましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+お   わ   り:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

 

2011年10月27日 (木)

人生初めての経験、ボランティア 4

人生初めての経験、ボランティア three の続きです

翌朝、集合時間迄時間があったので、早朝少し北上し

万里の長城とまで言われた二重の防波堤に守られていた田老町に向かいました。

ハーバーの方のご実家も田老だったそうです。

お母様がいらっしゃったそうですが、今回の津波で亡くされたとの事でした。

山あいの道をしばらく走り田老町へ。

Img_0163 ニュースでは見ていましたが、建物がみんな無くなっています。

建物が無い、人がいない。

早朝だったこともありますが、ものすごい静けさです。

Img_0168 そして、車は漁港の方へ

正面に見えているのは漁協の製氷所だそうです。

その製氷所の横の崖に過去の津波がここ迄来たというのが白いプレートに書いてありました

Img_0175 左の写真です。崖の高さは右下に小屋が映っていますのでそれを参考にして下さい

白いプレートが二つ見えています。(写真だと字が見えていません)

下のプレートが1933年の昭和三陸大津波が押し寄せたときの高さ約10mだそうです

上のプレートが1896年の明治三陸大津波が押し寄せた時の高さで、約15mだそうです。

しかし今回の大津波はその二つを越えてこの崖の上迄到達したそうです。

写真だと分かりませんが、この崖は崩落防止のワイヤーのネットが張ってあるのですが、上の方に津波で流されてきた木が引っかかっていました。

上の方の木も塩の影響でしょうか、一部枯れていました。

正直、ここに立った全員があの日ここで起こった事を想像し全く言葉が出ませんでした。

Img_0185_2 漁協の近くにあるホテルです

3階迄津波が押し掛けた様です。4階より上は平気そうでした

東京に帰って来てからホテルの名前でネットで検索してみました。

たろう観光ホテル、3月14日の休館のお知らせを最後にHPの更新は終わっていますが新鮮な海鮮料理の味わえそうな漁港の閑静なホテルがそこにありました。

アワビ、蟹、いくら、舟盛り等々、とてもおいしそう

毛蟹、アワビが食べ放題でなんと13800円!なんてこったぁぁぁぁぁ〜!

もっと早く行っていれば良かった。いや、必ず復興してくれるだろうからその時には必ず女房と泊まりに、そして新鮮な海の幸を楽しみに行きたいと思ってます。

たろう観光ホテルの皆さん!期待してます!

そうこうしているうちに時間となり、リアスハーバー宮古に向かう時間となりました。

田老もそうでしたが、戻る道中自衛隊の方達がもくもくと作業をしています。

本当に頭の下がる気持ちでした。

続けて書こうかと思ったのですが、結構長くなりそうなので続くにします。

人生初めての経験、ボランティア five(最終回)に続く

2011年10月21日 (金)

人生初めての経験、ボランティア 3

ボランティア two の続きです

海の見える所迄やっと到着。

そこで最初に目に飛び込んで来たのは津波発生の時にテレビでよく見た場所。

Images ←ここでした(ここの写真は無いのでネットで拾わせていただきました)

ここまで僕はまだ観光気分でしたし、まだ津波はテレビの中の出来事だったかもしれません。

ここから、現実となっていきました。そしてこの時から気持ちも考え方も変わってきました。

上の写真に映っている漁船の後ろの橋を通ってハーバーに向かいました

橋を降り津波の被害を目の当たりにします。

基礎だけ残っている家、見た感じは奇麗に建っている家も壁にはペンキで『解体 可』の文字

ハーバーに向かう防波堤の所には大きなセーリングクルーザーが横たわっていました。

Img_0107 横の写真の道路の先の防波堤の鉄扉を通り、この道路を走ってハーバーに到着しました

関東地方では見た事の無い防波堤の外のヨットハーバーでした。ヨットハーバーの外にも防波堤はありましたが、、)

関東地方だとヨットハーバーの外に防波堤がありますから。やはり大津波に備えていたんだなと感じました。

しかし今回の巨大津波はそれをもあっさりと越えてしまったんです

Img_0128 ハーバーの写真です津波が地面のコンクリートも剥がしました。

奥の建物はリアスハーバー宮古のクラブハウスです。

早速作業開始です。

作業の内容は大型重機の入れない場所のがれきを撤去し、大型重機が入れる場所迄そのがれきを移動するという事です。

今日の作業場所は上の写真の左に見えるあたりの海岸(海岸は写真では見えません)です。

作業に参加したのは、地元の漁師さん達、宮古高校、宮古商業高校の両ヨット部の高校生達、ハーバーの職員の方々、我々でした。

写真の通り天気は良かったのですが、風が強く砂が結構飛んできましたので、ゴーグルとマスクはとても役に立ちました。

海岸に歩いてゆくと海岸の木の6〜7メートルほどの所に漁業用のブイが引っかかっています。

あの日少なくともその高さ迄、水が来ていたのです。

それからもくもくと作業。

16時を迎える頃には海岸は元通りとは言えませんが、かなり奇麗になり当日の作業終了。

今晩泊まる予定の民宿に向かいました。

宮古から少し北上海岸に向かって右折。ナビが大体の場所を示してくれているのですが、目印が無く分かりません。

この辺かなという場所でふと周りを見ると、、、

Ca3e0258 え!津波に襲われている。

うそ。

という事で来た道を戻ると民宿が。

民宿の方にお聞きすると、本当にすぐそこ迄、水が来たとの事

ほんの少しの高さの違いと距離で助かったらしいです。

人生初めての経験、ボランティア four に続く

2011年10月19日 (水)

人生初めての経験、ボランティア 2

人生初めての経験、ボランティア oneからの続きです

さてボランティア出発当日になりました

会社が終わってから、自宅で着替え、リュックを背負って出発しました

新橋の駅に着いて集合迄、まだ時間があったので立ち食いそばやさんで夕食。

そこから待ち合わせ場所の日比谷図書館前に移動。

日比谷公園の噴水って言うのは場所は知っていたのですが。名前は知っていても意外と日比谷図書館の場所が分からなくって苦労しました

8時におじさんが全員集合して宮古まで800キロ弱の行程に出発

車2台ともワンボックスのワゴン車なのですが1台はいわゆる高級ワゴン車。もう1台はいわゆる作業車的なワンボックス車。

その差歴然、僕は作業車の方に乗車。この車の差があとで出てきます

首都高速から東北自動車道に乗って北上しました。

大体150キロごとにサービスエリアに入り運転手チェンジです。

途中、雨が降っている場所もあり運転手にはしんどい行程でした。

それよりも何よりも福島の白河を超えたあたりから80キロ規制

そうです。震災の影響で道路が損傷を受け、うねっているといいうか小さい段差があるというか。

高級ワゴン車の方は平気で走っていきますが、我々の乗ってる作業車の方は跳ねる事、跳ねる事

自分が運転したのは確か夜の10時台だったと思うのですが、本当に運転がしんどかったです

80キロ出すのもやっとという感じでしたので休憩のサービスエリアに着くのも作業車の方は遅れ気味で、高級車はゆっくり休憩しているのに、我々はトイレ休憩のみって感じでした

そして

夜中2時頃に盛岡の手前の北上の休憩所に到着。仮眠、休憩を取りました。

翌朝6時30分起床、7時出発、途中朝食をとり宮古へ。

Img_0096 宮古に向かう道中、景色も良く本当に良い所だなと感じました。

右に川が流れていますが、水量も豊富。空気もとっても奇麗

不便なのは携帯が繋がらない状態って事だけでした

Img_0209 山間地を抜けて宮古市内に入っても津波の気配も見えず、コンビニで昼食と飲み物の買い出しをして、目的地のリアスハーバー宮古を目指しました

ボランティア threeに続く

2011年10月 9日 (日)

人生初めての経験、ボランティア 1

宮古にボランティアに行った時の話を書きます。

結構長くなってしますので、何回かに分けて書きたいと思いまし、書くのに時間がかかるのでアップが遅れるかもしれませんが、

よろしければ最後までおつきあい下さい。

5月の中旬の月曜日に中高の時の同級生から突然telephonenote電話がありました

友人「東北の震災のボランティアの要請がヨット連盟から来ているんだけど行けない?」

僕「え?なにボランティア?そんなん、した事無いよ」

友人「うん、人数集めを今しているんだけどなかなか集まらないのよ」

僕「で、いつなの?」

友人「うん、今週の金曜日出発で日曜日に帰って来るんだって」

僕「ええええええええΣ( ̄ロ ̄lll)!!それって本当に突然じゃんよ〜〜〜!!無理よぉ〜」

週末、僕は神奈川県のヨットの国体予選のお手伝いを予定していたので断りました

ボランティなんかした事無いし、何すれば良いか分からんし

震災の直後、大学生の息子はクラブの合宿が中止になり、埼玉アリーナにボランティアで行きましたが僕はそんな事、全く考えませんでした。

息子よくやった、偉いぞ、でも僕は行かね〜な〜って思ってました

火曜日にメールが!

『今日、○○さんから連絡があり、今回は国体予選の運営のお手伝いは、ないそうです。』

うわ!予定無くなった!レースは見たいけど、ただの観覧じゃボランティア断る理由にならん!

という事でボランティア了承の返事。

それからが大変、被災地へのボランティアなど全く経験の無い私。

しかも、電話をくれた人に聞いても行く場所は東北というだけ、何をしに行くのかも分からない。

インターネットで調べまくりました。こんなページです

それで持って行くものを決めました

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

帽子orヘルメット→海でかぶるので帽子は持っている

ゴーグルや花粉症対策メガネ→船の修理の時のがある

マスク(防塵用等)→船の修理の時のがある

汚れても良い服(着替え)→山ほどある

タオル→ある

→多分現地にある?

手袋(滑り止め付とゴム製の水に強いもの2種あると良い)→船の修理の時のがある

長靴など水に強い靴→海用のがある

レインコート上下(汚れる・濡れる)→海用のがあるけど、かさばるのでホームセンターで安いの購入

サブバッグ(ポーチも可)→ある

ごみ袋→ある

歯ブラシ類→ある

ウェットティッシュ(顔とか体もふける)→ある

常備薬→バンドエードとか用意

保険証

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

準備完了!って着替えも山ほど持ったら一週間くらいの海外旅行に行きそうな量に!

それからリュックに詰められる量にダイエット開始!

なんとかなりました!

詳細がメールで来たのが水曜日

メール→『金曜日は、できれば18時ぐらいには出たいと思いますがご都合はどうでしょうか。

○○さんのバンとJSAFオリトク(これはオリンピック特別委員会の略らしいです)のバンの2台で行きたいと思います。

金曜日は夜中に盛岡周辺に着いて休憩、土曜日朝9時半ごろ宮古ハーバー着、その夜は宮古の民宿、日曜日午後宮古発帰京。が大まかなスケジュールです。

若手グループは何人になりますか?

おじさんグループは4名プラス1-2名の予定です。』

宮古ってどこ?岩手じゃん

しかも新幹線で行くんじゃないのぉ〜??なんで車なのぉ〜?

テレビで見たボランティアの人たちはbullettrain新幹線だったよぉ〜〜

ちなみに若手グループに属する僕は一番年長のためおじさんグループと年はそんなに変わりません

って正直言ってそんないい加減な気持ちでスタートした僕の初ボランティアでした

人生初めての経験、ボランティア twoに続く 

我が家の発電ベスト

  • 一位 2012年4月8日 41.5kWh
  • 二位 2013年5月3日 41.0kWh
  • 三位 2013年5月7日 40.9kWh
  • 四位 2012年6月26日 40.8kWh
  • 四位 2012年4月5日 40.8kWh
  • 六位 2012年3月29日 40.6kWh
  • 七位 2013年4月28日 40.5kWh
  • 七位 2012年3月21日 40.5kWh
  • 九位 2013年5月24日 40.3kWh
  • 九位 2012年5月5日 40.3kWh

我が家の発電ワースト

  • 一位 2013年1月14日 0.000kWh
  • 二位 2011年12月1日 0.4kWh
  • 三位 2012年11月6日 0.5kWh
  • 四位 2012年12月15日 0.7kWh
  • 五位 2012年12月30日 0.9kWh
  • 六位 2012年3月17日 1.1kWh
  • 七位 2011年11月19日 1.2kWh
  • 八位 2012年3月2日 1.3kWh
  • 九位 2012年2月14日 1.6kWh
  • 九位 2012年2月7日 1.6kWh
  • 九位 2011年11月11日 1.6kWh

太陽光のいろいろなブログ、参考にしてください

タイドグラフ

地域別アクセス状況

日射・日照チェック

PV